2012年01月11日
困難な時代を生きる君たちへ
今日は霧島で地鎮祭な11代目です。
先日成人式に参加するであろう
晴れ着姿の方々を遠目で眺めながら
FACEBOOKでリンクされていた
内田樹さんのコラムを読んでいました。
中高生の為に書いた文章ですが、
非常に心を打つ内容です。
不透明な時代で、何をすればいいか読みにくい世の中ですが、
どんなことが起きようとも前向きに生きていきたいなと思わされました。
「困難な時代を生きる君たちへ」
みなさんがこれから生きて行く時代はたいへんに困難なものとなります。
戦争に巻き込まれるとか、大災害に襲われるとかいうことではありません。
そうではなくて、みなさんがこれから幸福な人生を送るために、
どういう努力したらいいのか、その「やりかた」がよくわからないということです。
まじめに受験勉強をして、いい大学を出て、
一流企業に就職したり資格や免状を手にすれば、
あとは生計について心配はしなくてよいというような「人生設計」を立てることがむずかしくなった。
ただし、「むずかしくなった」だけで、まるで不可能になったわけではありません。
そこがむしろ問題なんです。
受験勉強なんか無駄、学歴なんか無意味、資格や免状も無価値というところまでいっそ徹底していれば、
頭の切り換えもできるのですが、そうではありません。
報われると信じて努力して報われる人もいるし、努力したのに報われなかった人もいる。
その分かれ目にはっきりした法則性がないのです。それが私たちの時代の「困難さ」の実体です。
グローバル経済の中で、努力と報酬の間の相関が希薄になりました。
みなさんが名前も知らないような遠い国で国債が値下がりしたり、
不動産バブルがはじけたり、洪水が起きたりすると、
いきなり勤めていた会社の株価が暴落したり、人員整理されたりする。
「どうして?」と訊いても、誰もうまく答えられない。
私たちが顔を知っている人たちの間でなら、努力したことや才能があることはわかってもらえます。
でも、グローバル経済体制で私たちは顔の知らない人々、
何を考えているのかわからない人たちと深いつながりを持ってしまった。
その人たちの身に起きたことが私たちの生活にいきなり死活的な影響をもたらす。
私たちはそういう時代にいます。
そういう時代にみなさんはどう生きればいいのでしょう。
私に言えるのは一つだけです。
どんな学問や仕事を選ぶにしても「努力することそれ自体が楽しい」ことを基準にして下さい。
日々の努力そのものが幸福な気分をもたらすなら、
グローバルスタンダード的にどう「格付け」されるかなんて、どうだっていいじゃないですか。
私自身は20代からずっと哲学の本を読むことと武道の稽古に打ち込んできました。
とても楽しい時間でした。
結果的にそれで生計を立てることができましたが、
若いときは「そんなことやって何になるんだ」と言われ続けました。
でも、気にしなかった。
みなさんも
「それが何の役に立つのかわからないけれど、どうしてもやりたい、やっていると楽しい」
ことをみつけてください。
そうすれば、「努力したけれど報われなかった」という言葉だけは口にしないで済むはずです。
先日成人式に参加するであろう
晴れ着姿の方々を遠目で眺めながら
FACEBOOKでリンクされていた
内田樹さんのコラムを読んでいました。
中高生の為に書いた文章ですが、
非常に心を打つ内容です。
不透明な時代で、何をすればいいか読みにくい世の中ですが、
どんなことが起きようとも前向きに生きていきたいなと思わされました。
「困難な時代を生きる君たちへ」
みなさんがこれから生きて行く時代はたいへんに困難なものとなります。
戦争に巻き込まれるとか、大災害に襲われるとかいうことではありません。
そうではなくて、みなさんがこれから幸福な人生を送るために、
どういう努力したらいいのか、その「やりかた」がよくわからないということです。
まじめに受験勉強をして、いい大学を出て、
一流企業に就職したり資格や免状を手にすれば、
あとは生計について心配はしなくてよいというような「人生設計」を立てることがむずかしくなった。
ただし、「むずかしくなった」だけで、まるで不可能になったわけではありません。
そこがむしろ問題なんです。
受験勉強なんか無駄、学歴なんか無意味、資格や免状も無価値というところまでいっそ徹底していれば、
頭の切り換えもできるのですが、そうではありません。
報われると信じて努力して報われる人もいるし、努力したのに報われなかった人もいる。
その分かれ目にはっきりした法則性がないのです。それが私たちの時代の「困難さ」の実体です。
グローバル経済の中で、努力と報酬の間の相関が希薄になりました。
みなさんが名前も知らないような遠い国で国債が値下がりしたり、
不動産バブルがはじけたり、洪水が起きたりすると、
いきなり勤めていた会社の株価が暴落したり、人員整理されたりする。
「どうして?」と訊いても、誰もうまく答えられない。
私たちが顔を知っている人たちの間でなら、努力したことや才能があることはわかってもらえます。
でも、グローバル経済体制で私たちは顔の知らない人々、
何を考えているのかわからない人たちと深いつながりを持ってしまった。
その人たちの身に起きたことが私たちの生活にいきなり死活的な影響をもたらす。
私たちはそういう時代にいます。
そういう時代にみなさんはどう生きればいいのでしょう。
私に言えるのは一つだけです。
どんな学問や仕事を選ぶにしても「努力することそれ自体が楽しい」ことを基準にして下さい。
日々の努力そのものが幸福な気分をもたらすなら、
グローバルスタンダード的にどう「格付け」されるかなんて、どうだっていいじゃないですか。
私自身は20代からずっと哲学の本を読むことと武道の稽古に打ち込んできました。
とても楽しい時間でした。
結果的にそれで生計を立てることができましたが、
若いときは「そんなことやって何になるんだ」と言われ続けました。
でも、気にしなかった。
みなさんも
「それが何の役に立つのかわからないけれど、どうしてもやりたい、やっていると楽しい」
ことをみつけてください。
そうすれば、「努力したけれど報われなかった」という言葉だけは口にしないで済むはずです。